医療安全の世界標準理論

スイスチーズ・モデル

誤薬は「注意力」ではなく「構造」で防げる

― ヒューマンエラーは、個人の問題ではない ―

結論

誤薬は、「気をつければ防げる」ものではありません。防げるかどうかは、最初から"構造で決まっている"のです。

理論の解説|スイスチーズ・モデルとは何か

スイスチーズ・モデルは、心理学者 ジェームズ・リーズンが提唱した、医療安全・航空安全の世界標準理論です。

この理論の核心は、非常に明快です。

事故は、1つのミスで起きるのではない。
複数の防御層にある"穴"が、偶然一直線に並んだときに起きる。

ここで重要なのは、「穴」は必ず存在する、という前提です。

「穴」には2種類ある

① アクティブ・フェイリア

(顕在エラー)

  • 見落とし
  • 勘違い
  • 確認漏れ
  • うっかり

多くの事故報告は、ここで止まります。

② レイテンント・コンディション

(潜在的欠陥)

  • 分かりにくい処方表記
  • 類似薬が隣に並んだ棚
  • 鑑査が割り込まれやすい動線
  • 忙しすぎるシフト
  • 「急いで」が当たり前の文化

👉 本当に危険なのは、こちらです。

スイスチーズ・モデルは、個人ではなく"システム"を見よと教えています。

調剤薬局で起きている典型的な誤解

多くの薬局で、事故後にこう言われます。

「もっと注意すればよかった」

「確認を徹底しよう」

「次から気をつけよう」

しかし、これは再発防止ではありません。

理由は単純です。

👉 注意力は、忙しさ・疲労・時間帯で必ず低下するからです。

調剤薬局への翻訳|誤薬は5層で止める

スイスチーズ・モデルを薬局業務に翻訳すると「多重防御」になります。

層① 受付・入力

  • 「分1/分3」「朝/毎食後」など→ 高リスク用法に強制注意表示
  • 入力時点で"疑う仕組み"を作る

層② 処方監査

  • 「分3=毎食後」という思い込みを外す
  • 患者の生活背景(食事回数・施設配薬)を確認項目に固定

層③ 調剤・ピッキング

  • 類似薬・規格違いは→ 棚配置を分ける/色・形状ラベル

層④ 鑑査(人+システム)

  • 鑑査支援システムのアラートは→ 重要度で階層化(全部赤は、全部無視される)

層⑤ 投薬(対人確認)

  • 患者・施設職員に復唱してもらう
  • 例:「これは朝だけ?毎食後?」

👉 人に頼る防御は、最後の層に置く。

安全と効率は「相互依存」

ここで重要な視点があります。

待ち時間が長くなるほど、患者の集中力は落ちる。

つまり、

待ち時間増加 → 投薬時の聞き漏らし → 新しい"穴"が生まれる

👉 安全と効率はトレードオフではない。リトルの法則やTOCとセットで考える必要があります。

KPI|安全を「構造」で測る

スイスチーズ・モデルでは、事故件数だけを見ません。

見るべき指標

インシデント分類

用法用量薬剤選択規格日数患者取り違え

"どこで止まったか"

  • 初期監査で止めた件数
  • 最終鑑査で止めた件数
  • 投薬で気づいた件数

👉 上流で止まるほど、防御構造は健全。

明日の一手|最小で効く改善

明日やることは、1つで十分です。

投薬時に「復唱」を必須にする。

これは、

コストゼロ

教育不要

即日導入可能

で、防御層を1枚増やせます。